2021年7月17日              守らなければいけないものは大切に。ほか。

  こんにちは伊予之鈍才です。

 

 

 今の時代だからと言う言葉がありますが、今の時代だからではないと僕は決してないと思います。昭和の時代からだと思います。僕もさせてきたと思いますが、嫌な思いや不愉快な思いさせた方もさせられた方も恐らく数えきれない数だと思います。させてきたことには気づいていませんが、相手は相当な不愉快な思いをしたのだと思います。

 

 

 バランスは取れていないかもしれませんが、僕だけが被害者ではなく、加害者になっている、知っているか?知らずかは分かりませんが、それはどちらも対処方や間違いに気づかなかったり、若しくは気づいても止められなかったり、それが正しいことではないと気づかなかったり、きづいても意見を言えなかったりしてました。それは今も同じかもしれませんが。

 

 あだ名も同じです。つけられて本人が気に入って使っていれば少しは救われるということだと思いますが(そうでないかもしれませんが)、嫌だったり、久し振りにあった相手に嫌な思いを思い起こさせる時点でいいことにはなりません。

 

 

 年とともに学べたかな?と勝手には思っています。小学3年生の時に何もしていないのにたたかれたり、中学2年の担任は何かと生徒の鼻を引っ張ったり、それで僕以外の生徒はクラス仲良くできたと思い込んでいました。担任をヒーロー扱いしていましたがあの時も今も全く理解できませんでした。

 

 

 確かに失敗や間違いはしたのではないかと思います。覚えていないだけだと思いますが何故対応がそれになるのでしょうね僕自身あの時も今も正しい人間ではないと思っています。でもその経験も含めて守らなければいけないものは守り大切にしなければいけないんだなと思います。

 

 でも人って自分には甘い僕自身も自分には甘い、だから全ては無理かもしれませんが時々立ち止まって見直そうと思います。自分が嫌なことは相手も嫌なはず、自分がつらいことは相手も辛いはずと常に思い、見方、考え方、感じ方は一人違います。受け止めも一人、一人違いますが、自分だけではない。こちらから見える景色と相手側から見える景色は違います。

 

 

 心のゆとりと沢山の物差しをもって、そう同じ物差しで測る必要の時もあり、同じ物差しでは測れない、それが人間です。中には驚くような尺度を持った人がいる。いろんな尺度が山ほどあります。

 

 

 物はいろんな角度から見る必要があります。人もその方を知り得るには同じでは知り得ない。いろんな見方、方向もいろんな方向から知る。

 

 

 場合によれば、ケースによれば逃げることも必要でしょう。これからの時代と言ってしまっていいのかは分かりませんが、相手も大切なものを守る。それは自分自身も同じでしょう。踏みこみ過ぎないことも大切です双方。

 

 

 僕もそのあたりを十分に認識しましてやっていけるようにしたいです。

 

 

 まだまだ新型コロナウイルスの脅威が続きますが、

 

 

 皆様くれぐれもお体には気をつけてください。

 

 

 今年も全ての人にいいことが沢山来ますように。

 

 

 心より願っています。